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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)737号 判決 1984年11月13日

控訴人 株式会社 オリエント ファイナンス

右代表者代表取締役 阿部喜夫

右訴訟代理人弁護士 磯貝英男

同 松井茂樹

被控訴人 井上幸枝(旧姓 成瀬)

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人の当審における新たな請求(第二次請求)を棄却する。

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  第一次請求(従前の請求)

被控訴人は、控訴人に対し一〇八万八〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年六月八日から支払済に至るまで日歩八銭の割合による金員を支払え。

3  第二次請求(当審において新たに追加した請求)

被控訴人は、控訴人に対し一〇八万八〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年六月八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文一、二項同旨

第二主張、証拠

当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。

一1  原判決二枚目裏九、一〇行目「書面で、」の次に「同年一月分から同年四月分までの割賦金合計一三万六〇〇〇円を」を加え、末行「経過した。」の次に「したがって、被控訴人は、昭和五八年六月七日限り期限の利益を失った。」を加える。

2  同三枚目表一行目「よって、」の次に「控訴人は、」を加え、一、二行目「対する」の次に「期限の利益を失った日の翌日である」を加える。

二  控訴人の主張

仮に控訴人の被控訴人に対する立替金請求が認められないとしても、控訴人は、第二次請求の原因として次のとおり主張する。

1  訴外株式会社アサヒハウジング(以下「アサヒハウジング」という。)は、不動産取引等を目的とする株式会社であるが、昭和五七年八月二日訴外株式会社太陽食品(以下「太陽食品」という。)から自動販売機一台(以下「本件自動販売機」という。)を代金一二二万七四〇〇円の約で買受ける契約を締結した。

2  控訴人は、昭和五七年八月二日アサヒハウジングとの間で、次のような立替払に関する契約を締結した。

(一) アサヒハウジングは、控訴人に対し前記売買代金一二二万七四〇〇円の立替払を委託する。

(二) アサヒハウジングは、控訴人に対し右立替金を昭和五七年九月から昭和六〇年八月まで毎月二七日限り一か月三万四〇〇〇円(但し、昭和五七年九月分は三万七四〇〇円)ずつ分割して支払う。

(三) アサヒハウジングにおいて右分割金の支払を遅滞し、控訴人から書面をもって二〇日以上の期間を定めた催告を受けてもその催告期間内に履行をしないときは、右期間の徒過とともに期限の利益を失い、残額及びこれに対する期限の利益を失った日の翌日から完済まで日歩八銭の割合による遅延損害金を支払う。

3  控訴人は、昭和五七年九月二五日太陽食品に対し前記売買代金一二二万七四〇〇円をアサヒハウジングのために立替え支払った。

4  しかるに、アサヒハウジングは、昭和五八年一月分から同年四月分までの分割金を支払わなかった。そこで、控訴人は、アサヒハウジングに対し昭和五八年五月一八日到達の書面をもって同年一月分から同年四月分までの分割金合計一三万六〇〇〇円を二〇日以内に支払うように催告をしたが、アサヒハウジングは、右催告期間内にその支払をしなかった。よって、アサヒハウジングは、昭和五八年六月七日の経過により期限の利益を失った。

5  アサヒハウジングは、その後事実上営業をせず、控訴人は、同会社から立替金残額一〇八万八〇〇〇円を回収することができなくなり、これと同額の損害を受けた。

6  被控訴人は、アサヒハウジングの設立時の昭和五三年一〇月一二日に同会社の代表取締役に就任し、それ以来現在に至るまでその地位にあるものである。

7  被控訴人は、アサヒハウジングの代表取締役として同会社を代表して忠実に業務を執行し、他の取締役の行為を監視し、もって会社に対する損害の発生及び第三者に損害を与えることを未然に防止する義務があるのに、同会社の一切の業務執行を同会社の取締役であって被控訴人の夫であった訴外成瀬好数に任せ、同人が同会社には支払能力がないのに前記立替払に関する契約を締結することについて何らの措置をも講じなかった。

8  そして、アサヒハウジングの本件自動販売機の買受行為、前記立替払に関する契約の締結行為は、同会社の事務所費用調達のためにされたものであるから、同会社の目的の範囲内の行為であり、そうでないとしても、外形上同会社の目的の範囲内の行為である。

したがって、被控訴人は、代表取締役として果すべき義務を怠り、職務を行うについて重大な過失があった。

9  よって、控訴人は、第二次的に被控訴人に対し商法二六六条の三に基づき前記損害一〇八万八〇〇〇円及びこれに対する控訴人が前記立替払をした日の後である昭和五八年六月八日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

10  後記被控訴人の主張2の事実のうち、被控訴人が成瀬好数と調停離婚をしたことは認めるが、その余の点は知らない。

三  被控訴人の主張

1  前記控訴人の主張1の事実のうち、アサヒハウジングが不動産取引等を目的とする株式会社であることは認めるが、その余の点は知らない。

同2ないし4の事実は知らない。

同5の事実のうち、アサヒハウジングがその後事実上営業をしていないことは認めるが、その余の点は知らない。

同6の事実のうち、被控訴人がもとアサヒハウジングの代表取締役の地位にあったことは認めるが、被控訴人が控訴人主張の立替払に関する契約当時右代表取締役の地位にあったことは否認する。

同7の事実のうち、被控訴人がアサヒハウジングの代表取締役の地位にあった当時同会社の業務の執行をせず、同会社の一切の業務執行を同会社の取締役であって被控訴人の夫であった成瀬好数に任せていたことは認めるが、その余の点は争う。

同8の事実は争う。

本件自動販売機の買受行為及び前記立替払に関する契約の締結行為は、アサヒハウジングの業務としてされたものではなく、その行為者も不明である。

2  被控訴人は、商業登記簿上アサヒハウジングの設立時から現在に至るまで同会社の代表取締役として登記されているが、昭和五六年四月ごろ同会社の取締役であって被控訴人の夫であった成瀬好数に対し口頭で右代表取締役を辞任する旨の申入をし、成瀬好数はこれを承認した。なお、被控訴人は、昭和五六年八月ごろ成瀬好数と別居し、昭和五八年一二月九日同人と調停離婚をした。

また、被控訴人は、アサヒハウジングの設立時から約一年後に約半年間同会社において留守番の仕事をしたことがあるのみで、そのほかには同会社の仕事を何もしたことがない。

四  証拠《省略》

理由

一  控訴人の第一次的請求(立替金請求)について判断する。

控訴人は、被控訴人が昭和五七年八月二日太陽食品から本件自動販売機を代金一二二万七四〇〇円の約で買受ける契約を締結し、同日控訴人との間で立替払に関する契約を締結した旨主張する。

甲第一号証中右主張にそう被控訴人作成名義部分は被控訴人がその成立を争うところ、その成立を認めるに足りる証拠がなく、《証拠省略》は、その記載内容から明らかなように訴外タイヨーフーズ株式会社(以下「タイヨーフーズ」という。)が一方的に記載したものであり、《証拠省略》はその記載内容から明らかなように控訴人側が一方的に記載したものであり、いずれもにわかに信用することができず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

かえって、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

1  控訴人は、割賦販売の斡旋等を目的とする株式会社である。

2  アサヒハウジングの取締役で当時被控訴人の夫であった成瀬好数は、昭和五七年八月二日アサヒハウジングの代理人としてタイヨーフーズから本件自動販売機を、代金九九万八〇〇〇円の約で買受ける契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

3  アサヒハウジングの取締役でその代理人である成瀬好数は、昭和五七年八月二日アサヒハウジングの代表取締役である被控訴人名義で控訴人との間で次のとおりの立替払に関する契約(以下「本件立替払契約」という。)を締結した。

(一)  アサヒハウジングは、控訴人に対し前記売買代金九九万八〇〇〇円から頭金四万八〇〇〇円を除いた残金九五万円の立替払を委託する。

(二)  アサヒハウジングは、控訴人に対し右立替金九五万円及びこれに対する分割払手数料二七万七四〇〇円、以上合計一二二万七四〇〇円を昭和五七年九月から昭和六〇年八月まで毎月二七日限り一か月三万四〇〇〇円(但し、昭和五七年九月分は三万七四〇〇円)ずつ分割支払う。

(三)  アサヒハウジングにおいて右分割金の支払を遅滞し、控訴人から書面をもって二〇日以上の期間を定めた催告を受けてもその催告期間内に履行をしないときは、期限の利益を失い、残額及びこれに対する期限の利益を失った日の翌日から完済まで日歩八銭の割合による遅延損害金を支払う。

4  成瀬好数は、本件立替払契約に際し、タイヨーフーズのセールス担当社員をして被控訴人に無断でショッピングクレジット契約書(甲第一号証)の契約当事者欄に被控訴人の氏名を記載させ、また、その名下にアサヒハウジングの代表取締役印を押印させた。

5  被控訴人は、成瀬好数に被控訴人が個人として本件売買契約又は本件立替払契約を締結する代理権を付与したことはない。

以上の事実が認められる。

右認定事実によれば、タイヨーフーズとの間で本件売買契約を締結し、かつ、控訴人との間で本件立替払契約を締結したのは、アサヒハウジングであって、被控訴人個人ではないというべきである。

そうすると、控訴人の被控訴人に対する立替金請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二  次に、控訴人の第二次的請求(商法二六六条の三に基づく損害賠償請求)について判断する。

1  アサヒハウジングが不動産取引等を目的とする株式会社であることは、当事者間に争いがない。

また、アサヒハウジングが昭和五七年八月二日タイヨーフーズとの間で本件売買契約を締結し、また、控訴人との間で本件立替払契約を締結したことは、前記一に認定したとおりである。

2  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  控訴人は、昭和五七年九月二五日タイヨーフーズに対し前記売買代金内金九五万円をアサヒハウジングのために立替え支払った。

(二)  ところで、アサヒハウジングは、昭和五八年一月分から同年四月分までの前記分割金を支払わなかった。そこで、控訴人は、アサヒハウジングに対し昭和五八年五月一八日到達の書面をもって同年一月分から同年四月分までの分割金合計一三万六〇〇〇円を二〇日以内に支払うことを求める催告をしたが、アサヒハウジングは、右催告期間内にその支払をしなかったから、昭和五八年六月七日の経過により期限の利益を失った。

(三)  アサヒハウジングは、その後事実上営業をしなくなって支払能力がなくなったため、控訴人は、同会社から立替金残額一〇八万八〇〇〇円を回収することができず、これと同額の損害を被った(アサヒハウジングがその後事実上営業をしていないことは、当事者間に争いがない。)。

(四)  成瀬好数は、かねて不動産取引を目的とする会社の代表取締役として同会社を事実上経営していたが、倒産したところ、昭和五三年一〇月一二日別個に不動産取引等を目的とするアサヒハウジングを設立し、その旨の登記を経由したが、監督官庁に対する関係上、当時同人の妻であった被控訴人を代表取締役とし、自らは取締役に就任してその旨の登記を経由し、右設立当時から同会社を事実上経営してきた(被控訴人がアサヒハウジングの代表取締役の地位にあったことは、当事者間に争いがない。)。

(五)  被控訴人は、昭和三六年五月一六日成瀬好数と結婚式を挙げて同棲し、同年一一月ごろ婚姻の届出をしたが、その後昭和五六年八月ごろから成瀬好数と別居し、昭和五八年一二月九日同人と調停離婚をした(被控訴人が成瀬好数と調停離婚をしたことは当事者間に争いがない。)。

ところで、被控訴人は、アサヒハウジング設立後の昭和五四年一〇月ごろから約半年間同会社の事務所の留守番をしたことがあったが、他に同会社の業務に従事したことがなく、また、成瀬好数からは同会社の経営について口出しをしないようにいわれ同会社の一切の業務執行を同人に任せ、更に、同会社に出資もせず、報酬も受けず、その業務について知識経験を有せず、全く名目上の代表取締役であった(被控訴人がアサヒハウジングの代表取締役の地位にあったが、同会社の業務の執行をせず、同会社の一切の業務執行を同会社の取締役であって被控訴人の夫であった成瀬好数に任せていたことは、当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被控訴人は、アサヒハウジングの全くの名目上の代表取締役であり、その就任以来、同会社の一切の業務を取締役である成瀬好数に任せきりにし、前記認定のような同会社の経営状態の不振に気付かず、成瀬好数の業務の執行に対し監視をせず、同人の任務懈怠を看過したものと認めるのが相当である。

3  被控訴人は、本件立替払契約締結前の昭和五六年四月ごろアサヒハウジングの代表取締役を辞任した旨主張する。

《証拠省略》を総合すれば、被控訴人は、昭和五六年四月ごろアサヒハウジングの取締役である成瀬好数に対し同会社の代表取締役を辞任する旨を申入れたこと、これに対し、成瀬好数は、そのころ被控訴人に対し右申入を承認したが、被控訴人の代表取締役就任登記はそのままにしておくことを求めたので、被控訴人は、右辞任登記を経由しないでいたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、株式会社の取締役は、会社に対し委任関係にあるものとして、何時でも会社に対する意思表示により辞任することができるところ(商法二五四条三項、民法六五一条一項)、取締役の辞任の意思表示は会社の代表取締役に対してすることを要し、代表取締役が辞任する場合にも、他に代表取締役がいるときにはその代表取締役に対し辞任の意思表示をすることを要し、他に代表取締役がいないときには取締役会を招集して取締役会に対し辞任の意思表示をすることを要するものと解すべきである。

そして、本件においては、右認定事実によれば、被控訴人は、昭和五六年四月ごろアサヒハウジングの取締役である成瀬好数に対し代表取締役辞任の意思表示をしたところ、《証拠省略》によれば、その当時同会社には被控訴人のほかには代表取締役がいなかったことが認められる。

以上の次第で、被控訴人は、アサヒハウジングの取締役会に対し代表取締役辞任の意思表示をすべきであったところ、右取締役会に対し右辞任の意思表示がされたことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人が同会社の取締役である成瀬好数に対してした辞任の意思表示によっては代表取締役辞任の効力が生じなかったものというべきである。

したがって、被控訴人の右主張は採用することができない。

4  ところで、株式会社の代表取締役が他の取締役に会社業務の一切を任せきりにし、その業務執行に何ら意を用いないで、ついにはその者の任務懈怠を看過するに至るような場合には、みずからもまた商法二六六条の三の賠償責任を負うものと解すべきである(最高裁判所昭和四四年一一月二六日大法廷判決・民集二三巻一一号二一五〇頁参照)。

しかし、本件においては、前記認定事実によれば、被控訴人は、アサヒハウジングから一切の報酬を受けず、同会社の経営にも関与せず、全くの名目上の代表取締役であり、同会社の設立及びその後の経営の一切は、取締役である成瀬好数が自己の責任で処理し、夫である成瀬好数から同会社の経営に口出しするなといわれており、被控訴人の関与する余地は全くなかったから、被控訴人には、重大な過失がないか、または、重大な過失があったとしても、被控訴人はアサヒハウジングの業務に精通しないため、意見を述べることができず、意見を述べても成瀬好数がそれに従うとは考えられず、成瀬好数をして控訴人との間の本件立替払契約に関する取引を差控えさせることができたものとは到底認められない。

したがって、被控訴人が前記のとおり成瀬好数にアサヒハウジングの業務執行を任せきりにしていたことと控訴人の前記損害の発生との間には相当因果関係が存しないというべきである。

5  そうすると、控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  よって、控訴人の第一次請求は失当として棄却すべく、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、また、控訴人の当審における新たな請求(第二次請求)は失当として棄却すべく、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 新海順次 佐藤榮一)

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